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Vol. 1:『負債論』 デヴィッド・グレーバー

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『負債論』 - 貨幣と暴力の5000年 –
デヴィッド・グレーバー 著, 酒井隆史 監訳, 高祖岩三郎/佐々木夏子 訳, 以文社, 2016

 

本書は、厚さ約5.5cmに及ぶグレーバーの大作である。
本書は、「負債とは何か」を主題としてさまざまな観点から議論が展開される。
筆者は、「借りたお金は返さなければならない」という言明で問題提起する。これは、個々の人間のモラルという観点からは真実である。だが、社会経済の観点からは真実ではない。たとえば、国家予算は、必要な支出額を算出し、そこに税収を中心とした収入額を算出する。ここで収入よりも支出の方が多いのであれば、国債などの借金で補填する構造である。この国家予算の赤字、つまり負債は国家が破綻するほどの巨額なものでなければ、返済されなくても許容される。
さらに、金融機関が資金を貸し出すリスクを受け入れて、より収益性のある投資に資金を流す手段なのであれば、金融機関から資金を借り入れることにより、信用創造機能が働き、最初の資金の数倍の資金量を産み出す。このプロセスが、資本主義において経済を発展させるための資金源となるのである。

次に、筆者は、貨幣が物々交換経済を円滑にするために登場し、その後信用経済へと発展した、という経済学の神話を否定する。物々交換経済は自体は存在せず、また、信用経済は貨幣の登場以前から存在していることを提示し、貨幣は事物の価値を測定するためのものである、と定義した。
この貨幣の起源に関する神話については、本書にも記載されているように、物々交換が成立するためには、需要するものと供給できるものが自分と相手の二人の間で正反対であることが必要である。だが、実際に物々交換が成立する頻度は高いものではなく、市場経済として成立していることは筆者の指摘のとおりと考える。

貨幣が価値を測定するために存在するのであれば、貨幣が測定するのは、負債である。そして、この負債に関して、人間は生まれながらに負債を負っており、生きていくことによって、負債を返済し続けているという「原初的負債」の考え方を展開する。人間は、神々に対して生を負っており、供犠を行うことにより負債に対する利子を支払い、自らの生によって完済する。現在に当てはめると、我々は国に対して生を負い、税金による利子を支払い、他国からの攻撃に対しては、自らの生によって完済しているのである。

 筆者は、これまで議論してきた貨幣と負債に関する議論を踏まえて、貨幣を使用する人間個人を対象とする人間経済と各個人の集合体としての現代文明における基盤となる市場経済(商業経済)の概念について論じている。

 本書の後半は、貨幣、負債、人間経済、そして市場経済に関する理論的考察をもとに、紀元前3500年のメソポタミアから現代までの5000年をたどっていく。筆者は、この5000年を5つに区分する。
 (a)最初の農業帝国時代(前3500年-前800年) 
 この時代は、仮想の信用貨幣に支配された時代であり、メソポタミア、エジプト、中国が事例として取り上げられている。
 (b)枢軸時代(前800年-600年)
 この時代は、硬貨鋳造の開始と金属塊への全般的転換がみられる。この当時の硬貨は、構成する金属以上の価値を有していた。
 (c)中世(600年-1450年)
 この時代は、商品市場と普遍的世界宗教という二つの制度が合流し始める時代であり、仮想の信用貨幣への回帰が起こっている。そして、国家は十字軍の派遣などの戦争に関する巨額な負債を負うことになる。
 (d)大資本主義帝国の時代(1450年-1971年)
 この時代は、仮想通貨と信用経済からの離脱、および金銀への回帰とともにはじまった。ここでは、スペイン人のコルテスが自身の負債を返済するためにアステカ帝国を征服した事例が取り上げられている。
 (e)現状(1971年-今日まで)
 現代は、1971年8月のドルと金の交換停止宣言(いわゆるニクソン・ショック)以降の今日までを対象としている。つまり、この時代は国際金本位制と決別し、完全変動相場制へ移行して以降が対象である。この時代は、まだ50年に満たないため、全体像が見えているわけではないが、新たな仮想貨幣の時代が始まることを予感させるものである。

 現在、我々は特異な歴史的転換期を生きている。現代資本主義がこのまま永続して機能し続けることも難しくなってきている。この状況を背景として、筆者は、すべてを帳消しにする、つまり、習慣づけられたモラルと手を切り、再出発すること以上に大切なことはない。これが、「わたしたちの旅の最初の一歩なのだ。」と結論づける。
 資本主義は終焉に向かうのか?

 

 (2019.2.19 掲載)

 

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