TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

2020 Vol. 9 :『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ 自由と闘争のパラドックスを越えて』

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するII: 自由と闘争のパラドックスを越えて (NHK出版新書)

 

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ 自由と闘争のパラドックスを越えて』 丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班, NHK出版, 2020

 

 本書は、「哲学界のロックスター」と呼ばれるドイツ人哲学者のマルクス・ガブリエルが現在の状況を哲学的な観点から語るドキュメンタリー番組の書籍版である。

 「人間は自由です。自らがもたらした不自由の呪縛から、脱出せねばならない。」ここからガブリエルは語り始める。自由について、人々を不安へと駆り立て、民主主義の価値の危機、人間の危機、リアリティの危機を煽り立てているものは社会的な複雑性の概念である。そして、自由とともに意志、自由意志という概念が語られる。カントによると、意志とは自分自身の見方に照らして行動する能力であり、認識と想像力を含み、意志の調整の最適化が自由意志という概念である。また、ある考えをその人に植えつけることができるのは、その人が自由意志を持っているからであり、グローバル資本主義も自由意志によるものである。ここで問題となるのは、善と悪の区別である。

 人間の自由は、絶えず自らを攻撃する。これは、私たちが他人に対して抱くイメージとその人が私たちに抱くイメージにギャップがあるからである。このことはすべてのデジタル・ソーシャル・ネットワークに起こりつつあることで、必然的に自由意志を損ない、自由や民主主義を損なっている。つまり、誰もがSNSに理想の自己イメージを投稿しているのと同時に、それを見た人は、あなたの考え、意志、何を望んでいるかについての予測が可能となる。

 次に、社会について考えてみると、要素から始めて全体を構成するボトムアップの考え方と社会全体から始めて、その全体から個人は生み出されるというトップダウンの考え方がある。現代を生きる私たちには、現代の社会システムに対して、この両極端の考え方に偏るのではなく新たな見方で社会を捉えることが必要になっている。

 さらに、社会とは、単に生存や楽しみの条件を生み出すことではなく、意味ある生活の条件を生み出すことに関わるのであり、生存の再生産ではなく、生活である。つまり、生存ではなく、生活をベースとするものの見方が必要とされている。

 最後に、現代のテクノロジーとしてAIの影響について取り上げられている。

 哲学とは、何かの行為をしたときに、どんな手順を踏んで自らが考えているのか、あらためてその行為の過程そのものについて考察するものである。これは、AIの起源でもあり、AIは、ある種の効率的な問題解決の能力である。AIは、知性があるのではなく、純粋に数学的な方法でアルゴリズムを処理するものである。このアルゴリズムとは、自分自身の行動に異なる分析を加え、そこから明らかになるルールに従うことでつねにある行為を可能にする処理手順である。

 そして、ガブリエルは、テクノロジーと科学には賛成するが、現代の自然科学がすべての宗教よりも多くの人々を殺してきたことから、現在の利用の仕方に反対する。これは、グローバル資本主義の問題であり、グローバル資本主義は、あらゆる手段で理性の声を軽視してきた。このため、我々には倫理的資本主義が必要だ、と主張する。

本書では、社会におけるお金について、ある共通の尺度で測るための社会的な測定単位としている。ここで、お金=貨幣とすると、もともと貨幣は信用を前提に流通するものであり、価値尺度としての機能は付随的なものではないか、と思われる。本書では、お金を抽象化することでお金本来の機能を見えなくし、これが現代の資本主義の問題の一部となっている、と記述されている。貨幣の信用貨幣としての役割は資本主義の中に隠蔽されてしまったのであろうか?もしかすると、仮想通貨には隠蔽された闇が隠されているのかもしれない。