TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

Vol. 2:『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 新井紀子

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『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 
新井紀子著, 東洋経済新報社, 2018

 本書は、人工知能プロジェクトの「ロボットは東大に入れるか」でプロジェクトディレクターを務めた新井氏の著作である。
 著者は、人工知能(AI)に関して話題となっている、次のような質問に対し、
「AIが神になる?」-「なりません。」
「AIが人類を滅ぼす?」-「滅ぼしません。」
「シンギュラリティは起こるか?」-「起こらない。」
と断言する。そして、現在発展しているのは、「AI技術」であり、人間と同等レベルの能力のある、「真の意味でのAI」は現時点で存在していないと主張する。つまり、AIが人間の能力を超えるという意味でのシンギュラリティは起こらないが、シンギュラリティの元々の意味である技術的特異点は発生する。
 著者がリードする「ロボットは東大に入れるか」(東ロボくん)という人工知能(AI)プロジェクトが開始された2011年当時のAIに関するニュースは、IBMが開発したワトソンがアメリカの人気クイズ番組の「Jeopardy!」で二人のチャンピオンに勝利したことである。これは、IBM技術者が「Jeopardy!」の問題はいくつかの事実(キーワード)が提示され、最後に「この○○は何か」で終わる形式である。この形式は、ファクトイドで解けることに気付き、以前からあるファクトイドの効果的な解法を発展させたことによるものである。
一方、東ロボくんは、大学入試問題を解くために科目ごとに全く異なるアプローチを必要としたため、バラエティー豊かな東ロボくんが開発された。この結果、AIは日本の多くの研究者の努力の甲斐あってMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政の各大学)の一部の学部に入れるぐらいの偏差値まで成長した。だが、多くの自然言語処理を必要とする英語と国語には対応することができなかった。現状のAIの能力には今の技術の延長では超えることのできない壁があることからロボットによる東大突破は断念された。
この東ロボくんのチャレンジに関して、日本のAIのプロたちの多くは、今後ビックデータを活用すれば、東大にも合格できると考えているようだ。これに対して、IBMの技術者は、多様な問題が含まれている大学入試の問題を短期間に高精度で解くことは不可能と断言した。つまり、ワトソンを開発したIBMの技術者は、AIが持っている課題を正しく認識しているということである。
AIは言葉の意味を理解しているわけではない。AIができることは四則演算をすることだけである。しかも、AIが使用しているのは四則演算のうち足し算と掛け算だけなので、足し算と掛け算の数式に翻訳できないものは処理できないのである。この数式は、数学の観点から導かれる必要があるが、数学が表現できるのは論理、確率、統計という3つの言葉だけである。AIは、この3つ以外のことは表現できないため、人間であれば容易に理解できる自然言語処理を克服することができなかったのである。
 ところで、これまでの人間の歴史において、機械技術の発展が人間の仕事を奪うことを繰り返してきた。それと同様にAI技術の発展により、AIに奪われる仕事が予想されている。そして、AIが不得意とする仕事については、今後も残るものとして分類されている。このAIが不得手とする仕事は言葉の読解力を伴う自然言語処理であるが、ここに衝撃的な事実がある。筆者たちが実施した基礎的読解力調査の結果を見ると、AIが得意とする分野の問題も、AIが不得手とする分野の問題も、中高生の正答率がAIを差別化できるレベルに達していないということである。AI並みのレベルということはAIに置き換えられてしまうということである。
 このままの状態を放置すると、本来起こらないはずのシンギュラリティが起こってしまう。本書は、社会に対する警告である。

 

(2019. 3. 1 掲載)