TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

2023 Vol. 1:『ゼロからの『資本論』』

ゼロからの『資本論』 (NHK出版新書)

『ゼロからの『資本論』』 斎藤幸平著, NHK出版, 2023

 

 本書は、非常に難解なマルクスの『資本論』を近年の研究成果を踏まえながら新しい視点で『資本論』を読み進めようというものである。

 マルクスの『資本論』は、著者の斎藤氏も言っているように、非常に難解であり、また未完とは言え、第三部におよぶ大作である(マルクス自身が書いたものは第一部のみ)。『資本論』は、「商品」から始まるのであるが、ここで商品には2つの側面がある、という。1つは、「使用価値」である。これは、人間にとっての有用性、つまり人間のさまざまな欲求を満たす力である。もう1つは、「価値」(交換価値)である。この価値が資本主義において重要な意味をもつのだ。商品になるためには、市場で貨幣と交換されなければならない。市場で交換されないものは、使用価値しか持たず、たとえ値札が付けられていたとしても、その値札の価値を理解することができない。マルクスによれば、商品の「価値」は、その商品を生産するのにどれくらいの労働時間が必要であったかによって決まる、という。これが「労働価値説」と言われるものである。

ここで「労働」について、マルクスは、人間が自然との物質代謝を規制し制御する行為と定義している。「物質代謝」とは、「生体に取り込まれた部物質が、多様な化学変化を経て、異なった物質となって体外に排出される過程」を指す言葉であり、本書はこの物質代謝の観点から『資本論』を解説している。

 資本主義社会では、あらゆるものが商品化され、社会の「富」が「商品」に姿を変えていく。これは、物を作る(労働の)目的が「人間の欲求を満たす」ためから「資本を増やす」ためになっているからである。この結果、一部の人が富を独占するようになり、一方、庶民は長時間労働、不安定雇用、低賃金などを余儀なくされる、という深刻な格差を生み出しているのだ。

 かつて、J・M・ケインズは、資本主義が発展していけばやがて労働時間は短くなると予言した。ケインズは、生産性の上昇が労働者を労働から解放すると考えていたのである。だが、現実には、資本家は生産性を上げ、より安く生産して、市場での競争に勝ち、より多くの利益を得ようとするため、労働者の労働時間は短くならなかったのである。さらに、資本主義で求められるイノベーションは、労働者を重労働や複雑な仕事から解放することを目指したものではなく、労働者を効率的に支配し、管理するためのものなのである。

 マルクス・レーニン主義による共産主義は、1990年代初頭のソビエトの崩壊によって失敗に終わったと認識されている。同時に、マルクスの『資本論』も意味のないものと考えられるようになっている。だが、現代の資本主義社会が本当に我々にとって望ましいものなのか、振り返ってみることも必要なのではないか?

資本論』の非常に難解な文章を読むのは難行なので、マルクスの最新の研究成果を交えて、斎藤氏の解説を期待したい。