TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

2024 Vol. 3:

さらば、欲望 資本主義の隘路をどう脱出するか (幻冬舎新書)

『さらば、欲望 – 資本主義の隘路をどう脱出するか -』 佐伯啓思著, 幻冬舎, 2022

 

 本書は、思想家である著者の社会時評と文明論をまとめたものである。書かれた時期は、世界がグローバリズムの矛盾が噴出するなか、新型コロナに翻弄された時期にあたる。

 平成の時代は、ソビエト崩壊などによる冷戦の終結からはじまった。この冷戦以降の世界は、巨大なグローバル市場の形成、世界的な民主主義の進展、およびIT革命と金融革命である。情報・金融中心のグローバル化は、きわめて不安定な経済をもたらし、トランプの保護主義に帰結した。そして、グローバリズムは、激しい国家間競争を生み出し、中国の台頭と米中の新たな冷戦を引き起こした。

 この30年間の日本は、「改革」という名の「改悪」を繰り返してきたようだ。日々、多くの大人や若者は、スマホの画面を見入る光景が見られる。この結果、過度な情報化と競争社会が社交というものの作法を失わせた。さらに、行き過ぎたPC(ポリティカル・コレクトネス)が、あまりに単純化された正義が絶対化され、反論を赦さない、という風潮ができてしまったのだ。国語教育改革により、漢字の使用制限や難解な文章が忌避され、読みやすく短い文章が横行するようになり、読解力と表現力の低下をまねいた。そもそも読解力とは、著者の意図を正確に読み、かつそれを自分なりに解釈することである。著者の意図を正確に読み取るためには、それなりの経験と想像力が必要となる。

 新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックは、現代文明の脆弱さを浮き彫りにした。この現代文明は、グローバル資本主義、デモクラシーの政治制度、情報技術の展開という3つの柱を持っている。このグローバリズムが新型コロナの世界的なパンデミックを引き起こし、新型コロナへの対応に関する政府の説明不足やマスコミ各社の新型コロナに対する矛盾した報道など、情報化とデモクラシーが新型コロナのパンデミックを増幅したのではないか?このパンデミックが人々に多大な経済的打撃を与えたのであれば、我々はそのような非常に脆弱な基盤の上にのっているということである。

 これまで資本主義がヨーロッパで急激に活性化した15世紀には、地球的規模での空間のフロンティアの拡張があり、その結果、ヨーロッパに巨大な富をもたらした。そして、この空間的フロンティアの開拓に続いて、20世紀には、技術革新や広告産業が大衆の欲望を刺激することによる工業製品の大量生産・大量消費を生み出す大衆の欲望フロンティアの時代となった。その後、80年代以降は、グローバル化発展途上国に新たな市場を求め、新たな金融商品や金融取引に利潤機会を求め、ITという新技術にフロンティアを求めたが、現在ではほとんど富も利益ももたらさなくなりつつある。つまり、現在の新たなフロンティアは限界に達しつつあるのだ。

 このように見てくると、飽くなき利益を追求する資本主義は、フロンティアを拡張することによって、富や利益を手に入れていた。これは、ウォーラーステインの言う世界システム論の周辺から中核への利益の移転が行われていたということだ。だが、現在は、拡張できるフロンティアがなくなってしまったのだ。資本主義が、これまでのような成長をしていくためには、全く新たなフロンティアが必要である。IT技術をベースとした、サイバースペースは新たなフロンティア足りえるのだろうか?それとも、現在は存在しない、全く新たなフロンティアが登場するのだろうか?