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2022 Vol.10:『脱成長と欲望の資本主義』

 

 

『脱成長と欲望の資本主義』 丸山俊一 + NHK「欲望の資本主義」制作班, 東洋経済新報社, 2022

 

 本書は、NHK BS1スペシャルの「欲望の資本主義」シリーズの書籍化されたものである。毎年出版を重ね、今回がシリーズ6作目である。

 まず、格差や気候変動などの「資本主義の危機」について、斎藤幸平氏とトーマス・セドラチェク氏の対談、というよりも本の帯に記載の「激論!」というべきか。

 現代は、産業革命と資本主義の勃興し、その後の資本主義の加速的な拡張により文明生活を脅かすほどの環境危機が生じるようになってきた。これは、人類の化石燃料の大量使用が地球全体に変化をもたらし、地球環境に大きな影響力を与えてしまうようになった。このような「資本主義の危機」に対して、斎藤氏は、既存のシステムが解決策を提供できないのであれば、今のシステムの外に求めるべきである。つまり、資本主義からの転換が求められていると主張する。これに対して、セドラチェク氏は、世界規模の問題の解決策を見つけるのは、いつも資本主義国であるとして、あくまでも資本主義の中で解決策を求めると主張する。

 さらに、生態学的危機に直面している現在、地球環境を考慮し、成長にブレーキをかけ、新たな経済として「脱成長コミュニズム」に向かうべきと斎藤氏は主張する。これに対して、共産主義社会を経験しているセドラチェク氏は、一旦成長にブレーキをかけることには賛成するものの「コミュニズム」に反発する。斎藤氏が使う「コミュニズム」という言葉からほぼ議論は止まってしまった。現在の「資本主義の危機」を資本主義の中と外に解を求める立場から議論を深めることができたと思うと非常に残念である。斎藤氏が「コミュニズム」という言葉に固執し過ぎたようにも感じる。

 次に、ミラノビッチ氏は、著書の中で、現代の資本主義はアメリカに代表される「リベラル能力資本主義」と中国に代表される「政治的資本主義」という概念を提示した。リベラル能力資本主義とは、現在我々が経験している資本主義のことであり、今後、誰もが資本家でありかつ労働者でもある民衆資本主義社会に変化していく可能性がある。この民衆資本主義では、誰もが他社と同じ割合で資本と労働から所得を得られるので、格差は小さくなる。もう一つの可能性として、高い資本所得と労働所得の両方得るエリートも存在する。このエリートが自らの優位性を子供に継承し、お金の力で権力を握り政治プロセスを支配していく「金権政治」に向かう道である。この金権政治は最終的に政治的資本主義に向かうことになる。

 ズボフ氏は、資本主義を形成する様々な要素とデジタル経済を形成する要素を組み合わせた経済論理となる「監視資本主義」の観点から民主主義の危機を説く。監視資本主義は、ネットワーク上のあらゆるサービスのユーザーに、サービスの対価としての生活の情報、つまり、人々の個人的な経験に関する情報や知識を請求し収集する。この考えをもとに、GAFAMなどの監視資本主義企業は、人々の生活のあらゆる場面から情報を収集・抽出して人々の行動を予測し、それを販売するビジネスモデルを確立した。我々は、個人の生活情報や経験が無断で活用されることに許可を与えているわけではなく、我々には、「認識権」とも言うべき、何を公開し何を秘密にするか、を自分で選択する権利があるはずである。問題なのは、監視資本主義企業が人々の認識権が侵害されているにもかかわらず、情報の奪取が続けられ、情報を力に人々の行動を自らの利益になるように誘導・修正していることである。

 このように本書の内容を並べてみると、現代資本主義は、格差、地球環境、気候変動、監視社会など多くの問題を抱えている。このうち気候変動を含む地球環境については、斎藤氏の言う「脱成長」が実現できれば改善していくものと思われる。だが、資本主義は、人々の飽くなき欲望を満たすために成長志向である。このため、脱成長の実現は非常に難しいと言わざるを得ないのではないか?また、格差について、ミラノビッチ氏は、現在のリベラル能力資本主義から民衆資本主義に移行できれば、格差は縮小すると主張するが、富裕層は既得権益の維持に全力を尽くし、金権政治、ひいては政治的資本主義の方向に向かう可能性がある。この政治的資本主義では、現在の中国のような監視社会に向かう可能性もあり、これまで以上に監視資本主義が進んでしまうかもしれない。

 本書は、今後の資本主義について考えてみる機会を提供してくれている。。。。