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2021 Vol. 9:『欲望の資本主義5 – 格差拡大 社会の深部に亀裂が走る時 -』

欲望の資本主義5: 格差拡大 社会の深部に亀裂が走る時

 

『欲望の資本主義5 – 格差拡大 社会の深部に亀裂が走る時 -』 丸山俊一+NHK「欲望の資本主義」制作班 著, 2021, 東洋経済新報社

 

 本書は、「やめられない、止まらない、欲望の資本主義」、NHK BS1スペシャル「欲望の資本主義」シリーズ5冊目の書籍である。本書では、5人の識者が5つの視点から現代の資本主義の現状と今後について考察している。

 現在のコロナによるパンデミックは、格差問題をはじめとするこれまで現代の資本主義が抱え込んでいた構造的な歪みを顕在化させた。この問題は、肥大化する無形資産による「資本なき資本主義」の席巻が解決を困難にしている。無形資産とは、モノとしての実体が存在しない資産のことであり、知的資産や人的資産など多くのものが無形資産に該当する。 

 ジョナサン・ハスケルは、「資本なき資本主義」の中心となる無形資産に注目し、この無形資産の肥大化とグローバリゼーション、インターネットが組み合わさることにより格差を拡大されている、とする。無形資産には、規模を拡大しやすいという特徴とともに、他のひとに無形資産が波及(スピルオーバー)し平等化を進めるという反対方向に働く二つの力が内包している。無形資産の持つこの二つの力が将来の予測を困難にしている。現代は、規模を拡大する力がスピルオーバーを上回っている状態であるが、スピルオーバーが上回ると、現代の巨大企業の将来も不安定なものになる可能性がある。

 ロバート・J・シラーは、ナラティブ、つまり、「話を伝えること」や「話の伝え方」が現代の経済や市場に大きな影響を与えていると主張する。経済の専門家は一般の人々に経済理論を伝えるかわりに、時とともに変化する物語を伝え、その物語により経済理論が伝わっていく。さらに、個々の物語の是非ではなく、人びとの行動や考え方に影響を与える物語とは何か、それはどのような役割を果たしてきたのかを考えることが重要である。そして、いつの時代にもいくつかのナラティブが存在し、どのナラティブがより多くの人々に影響を与えるかを予測することは困難であるため、ナラティブを理解するためには歴史を学ぶことが重要である、とする。

 ダロン・アセモグルは、無形資産には知識やアルゴリズム、データのより効果的な活用の結果、人々が消費するモノやサービスの価値を高める要素があり、経済を成長させる効果がある反面、このような無形資産を手にした企業の消費者への影響力が強大化し過ぎている、と主張する。そして、今後の資本主義について、経済成長は大切であるが、進歩には危うさが付きまとい、予期せぬ結果を招く危険性を消し去ることはできない。このため、いかなる問題があろうと経済成長を優先するのと、問題があるのであれば立ち止まって成長の速度を落とす、という二つの選択肢以外に、経済の成長と経済が社会や環境に及ぼす悪影響の改善は両立する選択肢がある、と考えている。さらに、願望や欲望は人間が消し去ることのできない感情であり、社会がこの願望や欲望の暴走を食い止めるために健全な社会規範が重要な役割を果たすことになる。

 エマニュエル・トッドは、コロナのパンデミックが食糧や衛生用品などの生活必需品の生産を国外に委託していた多くの国々にサプライチェーンの問題に直面し、その結果、長く続いたグローバリゼーションの時代は終焉に向かう、と主張する。これは、多くの国々が国内の産業を保護し、あらゆる生活必需品の生産拠点を国内に戻す必要があることを認識したということである。さらに、コロナは、数字や記号ばかりが幅を利かせ支配する世界から人が生きていく上で基本となる物質的な事象に目を向けなければならないことを人々に再認識させた。つまり、数字・記号から現実への回帰を促した。これは、物質を伴うもの、目に見えて手に触れることのできるものを直視することなしに、社会や経済の問題を考察することはできないということである。

 アンドリュー・W・ローは、「適応的市場仮説」により金融経済の観点から資本主義の将来について分析する。ローは、従来の理論は数学や物理学の原理に基づいて人々の行動を予測するのに対して、人々は単に「経済的効率」や「利潤最大化」を目指すのではなく、社会制度を含め、環境に適応するように行動すると捉えるべきである、と主張する。つまり、理性や感情を含めた人間の進化が様々な役割を果たすということである。

 本書は、資本主義の将来について、無形資産が経済に大きな影響を与える、ということを示唆しているようである。無形資産は、「資本なき資本主義」と言われるように経済指標に計上されることはほぼない、と言ってもよいものである。現在、価値のある無形資産を保有しているGAFAなどの企業が市場を支配している。ただ、無形資産には、規模の拡大方向とは反対のスピルオーバーという平等化の力がある。また、無形資産には、人的資産のように突然消失してしまうような不安定性もあると思われる。

 コロナによるパンデミックにより、グローバリゼーションが終焉し、「記号の消費」から現実への回帰していくことが想定される。このような時代において、資本主義はどのように変貌を遂げるのであろうか。