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2022 Vol. 7:『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』

 

『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』 成田悠輔著, SBクリエイティブ株式会社, 2022

 

 本書は、停滞と衰退の雲が覆う日本において、選挙や民主主義をどうデザインすればいいか考え直し、色々な改造案を示すことによって、政治や選挙、民主主義のルールを作り変えることを考えることを目的としたものである。

 人の能力や運や資源は不平等なものであり、特に技術や知識や事業の革新局面においてこそこの不平等が活躍する。資本主義では、この能力や運や資源の格差がさらなる格差に変換される。ここで生じた格差に対する凡人たちの嫉妬を正当化し、資本主義の暴走をなだめつつ、パイの分配を行うのが民主主義であった。これまでは、資本主義と民主主義が表裏一体としてバランスされていたものが今世紀に入ってバランスが崩れてしまった。この結果、インターネットやSNSの浸透に伴って、民主主義の「劣化」が起き、閉鎖的で近視眼的になった民主国家では資本投資や輸出入などの未来と他者に開かれた経済の主電源が弱ってしまった。21世紀の初頭では、民主国家ほど経済成長が低迷し、さらに、コロナ禍においては、民主主義的な国ほど命と金を失った。コロナ禍は、「人命か経済か」というトレードオフではなく、人命も経済も救えた国と人命も経済も殺してしまった国を生み出したのだ。

 現在の劣化した民主主義が生き残るためには、民主主義の次の姿への脱皮が必要である。政治家は定期的な選挙に晒されるため、近くの世論に目を向ける傾向がある。日本では、急速な高齢化が進んでいるため、高齢者に忖度した、いわゆるシルバー民主主義が国全体を覆ってしまっているようだ。必ずしも高齢者が自分たちの世代のことしか考えていないとは限らないが、高齢者の人口比が上昇している以上、高齢者に不利な政策の提言や発言は、政治家にとってほぼメリットはない。さらに、日本でお金と時間を持つのは高齢者であり、若者が貧乏になってしまっており、お金も時間的な余裕もない状態になってしまっているのだ。このような状況では、シルバー民主主義の撃退が解決策にならないかもしれない。

 では、民主主義を再生するには、どうすればよいのだろうか?本書では、選挙なしの民主主義の形として、「無意識民主主義」を提案している。センサー民主主義やデータ民主主義、アルゴリズム民主主義とも言い換えることができる。これまで民意データを抽出するための唯一の方法であった選挙がデータ収集チャネルの一つに格下げされ、インターネットや監視カメラ、言葉や表情、さまざまなセンサーが人々の意識と無意識の欲望・意思を掴むあらゆるデータが収集される。これらのデータから自動化・機械化された意思決定アルゴリズムが各論点・イシューについての意志決定を導き出す。つまり、民主主義とは民意データを入力し、何らかの社会的意思決定を出力するルール・装置と考えるのだ。ここでの課題は、無意識の民意データが人の無意識に備わった差別的な考えや偏見が炙り出されて増幅される可能があることだ。機械学習アルゴリズムは、人間の思考や行動データから偏見や差別的思考・行動までも学んでしまう可能性がある。このような無意識民主主義によって、表題の選挙はアルゴリズムとなり、何ら責任を取らない政治家はネコでもよいということのようだ。

 これまで経済と言えば「資本主義」、政治と言えば「民主主義」と言われていたが、民主主義は重症に陥ってしまったのが現在である。この民主主義の再生にあたっては、本書のとおり、大胆な発想の転換により民主主義のゲームのルール自体を作り変えることにチャレンジする時なのかもしれない。そして、資本主義についても、貧富の格差は拡大する一方であり、所得の再分配を機能させるためには、民主主義の再生が必要なのではないか?