TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

2022 Vol. 9:『働く悩みは「経済学」で答えが見つかる -自分をすり減らさないための資本主義の授業-』

 

 

『働く悩みは「経済学」で答えが見つかる -自分をすり減らさないための資本主義の授業-』 丸山俊一著, SBクリエイティブ, 2022

 

 本書は、University of Creativity (UoC) 創造性の大学を舞台に、歴史上の「巨人」たちの思考から現代に生きる社会人が抱える悩みへの答えを導こうというものである。

 マルクスによると、資本主義では、生産手段を持つ資本家と持たない労働者という二つの階級が存在し、資本家は労働者から生産物に必要な労働力以上の価値を搾取する結果、その差が圧倒的なものとなる。労働は、人間が自分で考える構想の作業(精神的労働)と実際に自らの身体を動かして行う実行の作業(肉体的労働)が統一されたものであったが、構想(精神的労働)と実行(肉体的労働)に分離され、資本家が構想を独占し、労働者が実行のみを担うことになったしまった。この結果、単純作業を繰り返す労働者は知性を行使する機会を奪われ、精神が毀損されてしまうのだ。

 アダム・スミスによると、人々の目的は自分の利益であり公益ではないが、私益の自由な追求は意図しない結果として公益を促進する。ひいては、市場の「見えざる手」によって、調整されるという考えにつながる。

 人間は、他人から観察されるという虚栄心に基づいて、より大きな富とより高い地位、そして他人よりも大きな富と高い地位を手に入れようという野心を持つ。この野心と虚栄心が2020年代の現在の状況において、資本主義と倫理の関係を複雑にしている。さらに、カントによると、ある者がある目的をかなえようとする時には、内的な価値である尊厳を持つ。尊厳は価格と比べて見積もることなどできないものであり、自らの尊厳を損なうことはしないのが、資本主義における最低限の倫理だと、主張する。

 21世紀の初頭ぐらいまでは、ネットの技術は世界をフラット化し民主主義を進め、一般庶民に幸せをもたらすことが期待されていた。だが、実際には、現代のデジタル技術は、社会全体の発展というよりは、格差、分断を生んでいるようだ。そして、情報を処理する速度は飛躍的に高める技術や人工知能など人間の代わりをする技術など新しいテクノロジーが急速に広まっているものの経済の成長のエンジンになると期待されていたにもかかわらず、停滞を招いている。さらに、現代のデジタル技術が駆動するポスト産業資本主義は、労働者から搾り取るものが体力から創造力(知力)に、つまり、商品化の対象が、体力から知力へと社会構造の変化をもたらした。ここでの主力商品は、「形のない資本」、つまり、無形資産である。

 本書では、現代の社会人が抱える悩みについて、知の巨人たち、とりわけ経済学の巨匠を中心として、解き明かそうとしている。

多くの人々の悩みは、労働を含め生活のすべてにおいて、疲れを感じるということではないだろうか?大多数の人々は、SNSを使用している。ある意味、このSNSはGAFAMが作りだした世界であり、負の感情や欲望も含めた我々のありとあらゆるものがビジネスの対象とされてしまっている。そして、我々はSNSにより、他人から観察されている側面もある。我々は、個人により強度に違いはあるが、虚栄心、野心、さらに欲望を内在しているものである。現代は、自身の感情に折り合いをつけながら、様々な要素を総合的に考慮できる視野の広さと合成の誤謬に陥らない複眼的な思考が重要になる時代になってきているのだ。