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2022 Vol. 2:『変異する資本主義』

変異する資本主義

 

『変異する資本主義』 中野剛志著, ダイヤモンド社, 2021

 

 本書は、「資本主義」とは、物理的生産手段の私有、私的利益と私的損失責任、民間銀行による決済手段の創造という特徴を備えた産業社会である、と定義し、資本主義とは経済変化の「過程」であり、時間とともに変異していくものであるというシュンペーターの理解を共有し、これまでの資本主義の変異と今後の予想を展開するものである。

 バイデン政権は、パンデミック下において、巨額な財政規模を投入した画期的な経済政策を打ち出している。これまで約40年以上にわたって実施されてきた新自由主義ベースの政策では、積極財政はインフレを招くだけであるとして忌避されてきた。だが、財政政策による公共投資が技術開発などの供給力の強化へと向けられるのであれば、高インフレが回避されるだけでなく、将来の経済成長が可能となる。さらに、財政政策は、金融政策よりも強力な景気対策にとどまらず、気候変動対策や感染症対策に資本を振り向け、社会をより良くするための手段である、という経済政策の革命的な転換をしようとしている。

 この経済政策の転換は、主流派経済学における理論の転換によるものであり、2008年の世界金融危機とその後の長期にわたる経済停滞を従来の主流派経済学では説明できないものであったためである。この長期停滞に対して、日本で実施されてきた政策に「構造改革」がある。構造改革とは、経済の潜在成長力を高めるため、規制緩和などにより、資本市場や労働市場を流動的にして競争を活発にすることで、生産性を向上させることを目指すものである。だが、構造改革によって供給力が高まっても、それに伴う需要の増大が同時になければ、デフレ圧力が発生してしまう。まさにこのデフレ圧力が日本経済の状況である。

 著者は、現代の長期停滞の要因が、新自由主義の台頭し、この新自由主義ベースの経済政策により、金融部門の支配力が肥大化する「金融化」とする。金融部門の支配力が強まった結果、以下の経路を指摘する。

  • 企業の利益処分は、株主に有利に労働者に不利に働き、労働者の所得が低下し、所得に依存する消費需要が抑圧される。
  • 企業が短期利益重視・株主重視の経営へと走るようになり、資本ストックへの投資が抑圧される。

このように金融化により、需要の抑圧と供給の停滞をもたらすのだ。

 ここで、供給サイドの企業について見てみると、本来企業組織は、戦略的管理、組織的統合、金融的関与を備え、内部留保と再投資を行う価値創造の制度である。そして、この企業が生産能力への投資を行うための資金を供給するのが、株式市場の本来の姿である。だが、現在の株式市場は、企業に資金を供給するのではなく、企業が株式市場に資金を供給しているのだ。企業組織が株式市場に対して優位であれば、経済は価値創造的、イノベーティブなものとなるが、株式市場が企業組織に対して優位になれば、イノベーションは鈍化し、価値は創造されなくなる。

 さらに、グローバリゼーションにより、企業は国内での労働コストを下げるため、国内の生産性を向上させるのではなく、海外へのアウトソーシングを進めるようになった。この結果、国内経済の成長や国内労働者の所得の向上には貢献しない状況になっているのだ。

 この長期停滞は、制度や階級間の政治的・社会的な力関係を是正する社会変革を実行しなければ打破できないものであった。この状況を、新型コロナウイルスによるパンデミックが一気に変革を実行するのかもしれない。日本を含めた主要国は、大規模な財政政策の実行に舵を切り、新自由主義からの脱却を図ろうとしている。これまで資本主義はさまざまな形態に変異し、継続してきた。外部に拡大していくフロンティアのなく、イノベーションも鈍化が見られる状況において、資本主義はどのような変異を見せるのだろうか?資本主義の変異に適応することができなければ、自滅していくことになるのは自明なことである。