TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

2020 Vol. 8:『限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭』 ジェレミー・リフキン

限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭

 

限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭』 ジェレミー・リフキン 柴田裕之訳, NHK出版, 2015

 

 本書は、新自由主義による所得格差の拡大など多くの課題を抱えている市場資本主義から共有型経済へのシフトが進行していく、という新しい社会への展望を描いたものである。つまり、本書は、ポスト資本主義の姿を描くことを目指したものである。

 新古典派経済理論では、競争的な市場を前提として、新しいテクノロジーによって生産性を上げ、以前よりも安い単価で多くの財を生産する。安い財がより多く供給されれば、それに対する需要が生まれることを指針としてきた。この指針を突き詰めると、熾烈な競争によって無駄を極限まで削ぎ落とすテクノロジーが導入され、生産性を最適状態(極限生産性)まで押し上げ、限界費用、すなわち財を1単位追加で生産したり、サービスを1単位増やしたりするのにかかる費用がほぼゼロに近づいていくことを意味する。つまり、生産性を向上させ、価格を下げる新しいテクノロジーイノベーションを目指すことで、資本主義体制は自らの首を絞めることになる。そして、この限界費用がゼロの社会では、これまでとは異なる全く新しい経済生活が構成されていくことになる。

 新しい経済生活に向けたパラダイム・シフトの兆しは既に現れている。既存のコミュニケーションのインターネットがデジタル化された再生可能エネルギーのインターネットや輸送と物流のインターネットと一体化し、21世紀の知的インフラである、IoT(Internet of Things)が形成されつつあり、第三次産業革命が引き起こされている。これまでの第一次・第二次産業革命では、テクノロジー・プラットフォームは中央集権化され、垂直統合型企業を目指すものであった。これに対して、第三次産業革命では、オープンアーキテクチャーと分散型のIoTインフラが出現し、水平展開型のコンチネンタル・ネットワークやグローバル・ネットワークにおいて限界費用ゼロの社会が可能となる。限界費用ゼロ社会では、IoTによって、あらゆる機械、企業、住宅、乗り物がつながれ、インテリジェント・ネットワークが形成される結果、生産性の飛躍的向上が可能となる。このインテリジェント・ネットワークを通じて、何十億もの人が自ら再生可能エネルギーを生産し、限界費用がほぼゼロでグリーン電力をシェアすることができるようになる。既に、太陽光、風、熱などよるグリーンエネルギー、情報による製品作りをする3Dプリンティング事業、MOOCのようなインターネットを使用したオンライン授業など、無料に近い情報を活用し、限界費用がほぼゼロの事業が現実になりつつある。

 ITとインターネット・テクノロジーは、通信やエネルギー、製造、高等教育の限界費用をほぼゼロに向かわせているだけでなく、人間の労働の分野にも同じ作用を及ぼしている。ビッグデータ、高度な分析手法、アルゴリズム、AI、ロボット工学が人間の労働に取って代わり、市場経済における仕事から労働者を解放する見込みが現実味を帯びてきている。

 また、インターネット世代では、自由について人生を最大限活用できる能力ととらえ、様々なコミュニティで広範な人間関係を結ぶことを目指している。そして、資本主義制度の決定的特性である私有財産についても捉え方に変化が生じている。自動車や自転車など多くのものに関して、所有することからアクセスすることに転換している。この結果、モノを所有するのではなく、シェアする共有型経済が台頭してきている。

 資本主義は、稀少性をダイナミズムの源泉として発展してきた。資源や財やサービスは稀少であればこそ交換価値を持ち、かかったコスト以上の価格を付けることができる。ここで限界費用がほぼゼロまで縮小すると、市場での価格決定ができず利益は消失する。そして、財やサービスは本質的に無料になる。ここでは、稀少性が潤沢さに取って代わられ、製品やサービスは使用価値やシェア価値を有する一方、交換価値を失う。

 今後、インターネット・テクノロジーの発展によりこれまで以上のスピードでIoTが普及していく。その結果、既に兆しが見えているように、より広い範囲で限界費用がゼロになるものが増えていくであろう。限界費用がゼロになることにより、これまでの資本主義では利益を得ることができなくなり、資本主義から共有型経済へシフトしていくものもある。このような状況において、コロナ禍のおり、我々も過去に戻ることなく、過去のしがらみを断ち切り、新しい世界へ進んでいこう。