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2022 Vol. 1:『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』

アイデア資本主義

『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』 
大川内直子著, 実業之日本社, 2021

 

 近年、資本主義が終焉するのではないか、と言われ始めている。これまでの資本主義は、拡大を志向し、拡大の余地をフロンティアに求めていた。本書では、資本主義を「将来のより多い富のために現在の消費を抑制し投資しようとする心的傾向」と定義し、富を増やそうとする個々人の精神が資本主義の本質であり、拡大への原動力としている。

 本書では、これまでの資本主義を支えていた、「空間」、「時間」、「生産=消費」という3つのフロンティアが消滅し、資本主義の形態が変化してきている、とする。

 「空間」のフロンティアについて、21世紀になって、これまで本格的に開拓されておらず、最後まで残されていたアフリカの資源開発が過熱するようになり、最早地球上に残された空間的フロンティアはほぼなくなったと言っていい状況になった。そこで、地球の外の宇宙空間も資本主義のフロンティアとして開拓される可能性が出てきている。

 資本主義は、一人ひとりが直線的な時間感覚に基づいて、将来のリスク・リターンを計算し、現在の消費を抑制し投資に回すことで将来の富を増やそうとするミクロな経済行為の集積によって、世界全体を変えるようなうねりを生み出してきた。このため、時間という概念は非常に重要なものとなる。人類は、狩猟採集民から農耕民族に進化するのに伴い、時間のスコープも「いま」にフォーカスする1日から収穫までの1年間へとのびた。そして、資本主義の主役である企業についても、企業の登場当初は、航海が終わるまでの数年間の限定であったものが、期限を設けない無期限の未来をフォーカスするようになった。この結果、拡大のしようがないほどの未来が現在に織り込まれ、時間のフロンティアが未来に向かう時間軸上で開拓され尽くしているのだ。

 「生産=消費」のフロンティアという観点についても、かつてのモノを作れば売れるという時代ではなくなり、現在は新しく生産したモノを売ることが難しい「モノ余りの時代」に突入している。ここでは、消費の拡大および安価な労働力の投入には限界が見えてきており、資源にも課題が見られるようになり、この分野に残されたフロンティアは大きいものではなくなっている。

 資本主義は、フロンティアが拡大できない中でも成長が見られている。これは、本書でインボリューションと呼ばれる、特定の経済活動の範囲内におけるフロンティアの内に向かう拡大が起こっているためである。つまり、従来の経済活動と同様、資本主義の拡大志向が具体化した現象であるが、ベクトルが逆を向いたものがインボリューションなのである。

 これまでの伝統的なフロンティアの延長線上ではないところに新しいフロンティアが現れつつある。その一つが本書のタイトルにあるアイデアの領域である。資本主義が拡大した結果、伝統的なフロンティアが消滅し、外へと向かう成長が行き止まりを迎え、ベクトルの反転した内へと向かうインボリューションが強度を増してきた。このような中で、アイデアの重要性が増し、アイデアを生み出す人のアタマの中が資本主義にとってのフロンティアになり、アイデア資本主義と呼ぶような現象が生じるようになった。アイデア資本主義では、アイデア自体が投資の対象となる。この一つの例がクラウドファンディングである。このアイデア資本主義では、良いアイデアを生み出すことが重要であり、そのためにインサイトを捉えアイデアを具現化していく必要があるのだ。

 これまで資本主義は、社会や個別の状況に応じて形を変えてきた。つまり、資本主義はアップデートすることができるということである。アイデアの時代を迎えた現在、一人ひとりのアイデアで資本主義を良い方向にアップデートすることができるのではないか?

 資本主義に限らず、さまざまなものが変化している時代において、既得権益などの過去のしがらみを断ち切り、未来に向けたアイデアを具現化していくことが必要なのだ。