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Vol 7:『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』 中野剛志

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『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』 中野剛志著, 株式会社ベストセラーズ, 2019

本書は、当時の都市銀行、大手証券会社の相次ぐ破綻を契機とする金融不況、そして、その後約20年にわたる平成不況に関して、『現代貨幣理論』(MMT)の観点から現代経済を説明するものである。
 現在の日本経済は、1990年代前半のバブル崩壊からその後に長く続く平成不況に突入した。本書は、この不況の原因は、デフレ(デフレーション)であると断言する。
 デフレとは、「需要不足/供給過剰」の状態であり、貨幣価値が上昇するため、個人や企業はモノよりもカネを欲しがる状況になる。この状態では、個人や企業が消費や投資を手控え、貯蓄・内部留保を増やすことは合理的な行動である。だが、この行動では、モノが売れなくなるため、モノの価格低下を招き、ますます消費を手控える、というデフレ・スパイラルに陥ることになる。これは、ミクロ(各個人や各企業)の観点からは経済的に合理的な行動が積み重なった結果、全体(マクロ)としては好ましくない事態をもたらす(「合成の誤謬」)。この合成の誤謬を正すのは、政府の役割であるとし、具体的には、これまでの不況期にみられた政府支出の拡大による公共投資の実施である。
逆にインフレ(インフレーション)は、「需要過剰/供給不足」の状態であり。貨幣価値の低下を招き、個人や企業はカネよりもモノを欲しがる状況になる。経済成長は、消費や投資の拡大が続き、需要の拡大に合わせて供給も拡大することからある程度のインフレの状態が前提となる。
 MMTは、貨幣を負債の一種としてとらえる信用貨幣論を前提としている。信用貨幣論では、信用創造によって預金通貨という貨幣が創造されている。これに対して、通貨の価値の根拠を通貨の素材に由来すると考える商品貨幣論がある。金本位制は、貨幣の価値を金の価値を標準として表し、貨幣供給量は、中央銀行保有する金の量で決定されるという考え方である。現代の経済は、金貨や銀貨との兌換が保障されていない法定貨幣が使用されているため、信用貨幣論を前提に経済を考えることは自然なことである。
 そして、MMTは自国通貨を持つ国は、財政的予算の制約を受けない、と主張する。これは、変動相場制のもとで外貨債務がないのであれば、いくら巨額の財政赤字になっても財政破綻が起こることはない、というものである。この主張が、財政は均衡すべきと考える多くの人々の批判を浴びている部分である。個人や企業は赤字会計が続けば、いつかは破綻の憂き目にあう。だが、政府の場合には、財政赤字が継続したとしても、財政破綻に陥らないことを前提に許容される。この財政赤字は、政府が発行する国債によって賄われている。
本書では、国債を購入する銀行が民間預金を購入資金にしているわけではなく、日銀当座預金を通じて国債を購入しているため、貯蓄量が制約となって財政赤字が拡大できなることはない、と断言する。だが、この日銀当座預金は、各銀行が貯蓄額に応じて日銀に預けている預金準備金であり、銀行の預金量の影響を受ける。
MMTは、この財政赤字の制約を決めるのはインフレ率であり、インフレになり過ぎたら財政赤字を拡大してはならない、とする。だが、本書において、デフレの脱却ができないのは、政府は無能な政策を繰り返しているからとしているにも関わらず、インフレ対策は正しい政策を政府に期待している。さらに、インフレ状態が認識されたとしても、一度確定した年度予算を変更することは不可能と考える(特に、予算の削減には大きな抵抗がある)。このようなことからインフレ対策への転換に2年程度の時間を要してしまうものと考える。
本書の後半部分では、ポスト・ケインズ派経済学の視点に立って、主流派経済学者を痛切に批判している。筆者は、主流派経済学について、一般均衡理論をベースとし、供給は自らの需要をつくり出すという「セイの法則」を前提としているとしている。この主流派経済学は、ケインズが1936年に出版した『一般理論』後にケインズを支持した初期ケインジアンと呼ばれるグループの流れを組む経済学者と思われる。ケインズは、『一般理論』において「セイの法則」を否定している。そして、経済が一般均衡状態になるのは、例外的な状態と考えていたと思われる。このように主流派経済学は、ケインズの流れを組むもののケインズの考えとは異なる部分もある。
MMTの考えは、一見、主流派経済学と異なっているように見えるが、MMTがあまりにも極端な主張をしているだけが、ほぼ同じことを別な側面から見ていることが多いように思われる。現在の世界的な金融緩和状態において、これまでの歴史研究や実証研究を踏まえ、現実に起こっている難局に立ち向かうケインズの精神で新しい経済理論を構築していることが必要と考える。

 

本書については、山下克司氏の書評(奇跡の経済教室【基礎知識編】 中野剛志 - イノベーションの風に吹かれて)もぜひ参照いただきたい。