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Vol 8:『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』 中野剛志

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『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』 中野剛志著, KKベストセラーズ, 2019

 

本書は、「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」に続く、同じ著者の第2弾である。前作と同様、本書でも「現代貨幣理論(MMT)」に基づき、日本がとるべき政策とその政策の実行の阻害要因をわかりやすく解説している。

 MMTとは、本書内に特別付録として解説されているが、単純化すると以下のようなものである。

  1) 政府は通貨を法定する。(円、ドルなどをその国の法定通貨とする)

  2) 政府は国民に対して、法定通貨で計算された納税義務を課す。
   (国民が納税という負債を負う)
  3) 政府は通貨を発行し、通貨を納税手段として定める。
   (国民は納税することにより負債を返済する)
そして、MMTは、次のような主張をしている。
  a) 自国の通貨を発行する権利を保有している国家は破綻することはない。
  b) 国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支=0が成り立つ。
  c) インフレ率が高くなったら、財政赤字を縮小する政策を実行する。
 これらの主張に関して、1つ目の自国の通貨を発行する権利を保有している国家は、財政赤字を補填するために、現在の日本のように赤字国債の借り換えを続けることが可能である。ただし、時には大量発行となる国債を購入する受け皿が必要である。2つ目の主張については、マクロ経済バランスの観点から概ね正しい主張である。正確には、
  国内貯蓄黒字(S-I)=政府財政赤字(G-T)+経常収支(Ex-Im)
  [S:貯蓄、I:投資、G:財政支出、T:課税収入、Ex:輸出額、Im:輸入額]
となると思われる。最後の主張については、本書の中でも迅速な政策変更が難しいというが、述べられており、実際に効果的に機能するかは不明である。
 ところで、国家の成長戦略には、二つのタイプがある。一つは、賃金の上昇によって国民経済全体を成長させようとする、「アメ型」(賃金主導型)成長戦略である。この成長戦略は、インフレ圧力を発生させるデフレ対策に該当するものである。もう一つは、企業の利潤を増加させることによって経済成長を実現しようとする、「ムチ型」(利潤主導型)成長戦略である。この成長戦略は、デフレ圧力を発生させるインフレ対策に該当するものである。
 ここで、平成の日本経済の状況は、長期にわたるデフレ状態である。この状況下において日本で実行された経済政策は、「構造改革」という名の「ムチ型」戦略であった。これは、インフレ抑制を主眼としたアメリカの政策をまねたものである。つまり、日本経済がデフレ状態であるにもかかわらず、インフレ対策を実行したということである。では、なぜこのようなことが起こってしまっているのだろうか?
 本書では、必ずしも正しい政策が実行されない理由として、次のような項目をあげている。
  a) レント・シーキング活動
  b) 認識共同体
  c) 経路依存性
 まず、レント・シーキング活動とは、自分の利益を増やすために、ルールや規制を変えてしまう活動のことです。具体的には、従来のルールや規制で得られていた利益に対して、「既得権益」というレッテルを張り、ルールや規制を変えさせることにより、既得権益とされた利益を奪うことである。
 次に、認識共同体とは、同じ仲間と行動を共にしていると、その仲間内での考え方や価値観に染まっていく、ということである。つまり、財政健全化や「ムチ型」成長戦略など、主流派経済学で支持されている「新自由主義」のイデオロギーが疑問を持たなくなるということである。
 そして、経路依存性とは、一度決まったことは、元に戻したり、変更したりすることはできない、という考え方である。日本で実施されている公共事業の中には、数十年前に決定され、現在ではその価値や有効性に疑問が生じても実施しているものがあるように見えるのは、この考え方が浸透しているためであろう。

 このようなことから、日本における経済政策の転換には、時間がかかることが容易に想像できる。だが、現在の日銀による超低金利による金融緩和政策では、デフレ状態からの脱却が難しいことが明らかになりつつあることから本当の意味でのデフレ対策の実施に転換することを期待したい。

 

「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」に関する書評は、以下のURLを参照のこと。

Vol 7:『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』 中野剛志 - TechnologyとIntelligenceに憧れて