TechnologyとIntelligenceに憧れて

外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

Vol. 3:『トランスヒューマニズム』 マーク・オコネル

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『トランスヒューマニズム』 -人間強化の欲望から不死の夢まで-
マーク・オコネル 著, 松浦俊輔 訳, 作品社, 2018

 本書は、ジャーナリストである著者がトランスヒューマニズムと呼ばれるいくつかの活動に密着取材し、まとめた一種のルポルタージュである。
トランスヒューマニズムとは、科学技術を用いて急進的に人間を変化させていこうとする考え方である。このトランスヒューマニズムを志向している人々は、かつてハンナ・アーレントが『人間の条件』で書いていた、与えられているがままの人間の存在のしかたに対する反抗を動機として活動しているものと考えられる。そして、トランスヒューマニズムの活動は、生物学から全面的に解放されていることを唱えている反面、技術への全面的な隷属に他ならないという側面もある。
本書では、a)マインド・アップローディング(脳全体を仮想化して別の媒体で稼働させる)、b)来るべき技術革新を想定して身体全体、あるいは頭部のみを冷凍保存する、c)自分の身体にインプラントを埋め込みマシン化を目指す(自分の身体が正しく機能しているかデータを取得している)など、トランスヒューマニズム活動を実施しているいくつかのグループを取り上げている。それぞれのグループの活動内容は異なるが、共通していることは、脳と身体を分離しようと考えていることである。つまり、脳はある種のソフトウェアであり、身体というプラットフォーム(ハードウェア)上で稼働するものととらえている。そして、プラットフォームに非依存なソフトウェアであれば、稼働するものの制約はなくなる。要するに、人間の身体は病気になったり、けがをしたり、あるいは年齢による衰えがあったり、と不完全なものであり、永遠の命(不老不死)のためには、自分の身体以外の媒体で稼働し続けることが必要という考え方である。
トランスヒューマニズムは、生物学的に身体と脳は分離することを志向している。これを実現するためには、技術革新は不可欠である。これまで記述してきたような脳全体を別の媒体で稼働させることは、シンギュラリティ(技術的特異点)に他ならない。そして、この技術革新は、これまで現在の延長線上では不可能とされている、人間の知能を持つ真の意味でのAIの開発を可能とすることになるであろう。だが、一方で、人間の知能を持ったAIは、人間を支配するか、あるいは人間を危険なものとして排除(絶滅)することになるかもしれない。
トランスヒューマニズムを思想する人々は、不老不死の永遠の命を手に入れるため、シンギュラリティの到来を望んでいる。そして、同時にこれは、人間が未来にも生きていくことができるのか、という生存リスクをはらんでいる。また、人類を超えてマシンのように不死のものとして、未来永劫生き続けていくことが、果たして生きていると言えるのであろうか?本書は、読者に人間が人間として生きていくことはどういうことなのか、を問い直しているのではないか?

 

(2019. 4. 8 掲載)