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外資系ネットワーク・エンジニアの独り言。

2020 Vol.10 :『マルクス・ガブリエル 危機の時代を語る』

マルクス・ガブリエル 危機の時代を語る (NHK出版新書)

 

マルクス・ガブリエル 危機の時代を語る』 丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班 NHK出版新書, 2020

 

 本書は、ドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルと知の最前線にいる5名の識者との対話をまとめたものである。

 ガブリエルは、連帯や国家、組織の構造を純粋な市場戦略によるシステムに置き換えることができるとする経済概念である「新自由主義」が、現在のコロナによる世界的な経済への打撃によって機能不全に陥り、新自由主義は終焉すると主張する。だが、スティグリッツが指摘しているように、既に新自由主義による悪影響は明らかであり、経済的・政治的な政策転換は急務になっている。また、ガブリエルは、コロナ禍によりテレワークやオンライン学習などの新しいライフスタイルへのシフトついて否定的であり、幻想と言い切る。だが、コロナという外的要因をきっかけとしたライフスタイルにおけるデジタル変革は、これまで障壁となっていた地理的課題や時間的課題を克服する可能性を多く含んでいる。確かに、人と人のコミュニケーションに関するガブリエルの指摘も理解できるが、多くの若者がスマートフォンだけでコミュニケーションをしている状況から見ると、時間が徐々に解決していくのではないか、と思う。

 ガブリエルは、AIが将来的に意識を持つということに否定的である。これは、人間が持つ社会性、視点の多様性が社会的複雑性を生み出し、その結果、知覚の中で対象の統一性を構成しているのに対して、AIシステムはこのような社会性や多様性をモデル化することはできていない。AIシステムは、人間が持つ社会的存在論とは異なる哲学的な理解に基づいていると主張する。このように現在のAIシステムは、誤った哲学に基づいて開発されているため、人間のような意識を持つことはないと考えている。かつてAIで東大合格を目指すプロジェクトをリードした新井紀子氏も現在のAI開発の延長線上でAIが人間と同じような意識・感情を持つことはない、と断言している。もし、仮にAIが人間のような意識を持つことになったとすると、人間はAIのために働くことになるか、リドリー・スコットの映画「ブレードランナー」の世界になってしまうであろう。「マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する」の中で、ガブリエルは、日本ではシンギュラリティーは約30年前に起こっていて、「テクノロジーのほうが自身を維持するために、人間を利用している」と指摘した。これは、いみじくも「テクノロジー」という言葉を「会社」に置き換えると成立するものと考える。

 最後に、ガブリエルは、現代社会は共通の人間性という概念を築き、本当の意味での普遍主義を採用する環境が整っていると主張する。世界全体がテクノロジーや産業化、都市化などを含めた新しい普遍性に向けたスタート地点に立っているという。現代は、さまざまな世界観が併存しており、これらの世界観に共通する普遍性の概念を必要としている。この新しい普遍性は、一つの個ともう一方の個の間の距離間となり、世界的資本主義という条件下では競争という形を通じて、持続可能性の問題への解決策を提供するようになるはずだ、という。

 コロナ禍の現在、在宅を基本とする新しいライフスタイルへのシフトが急速に進行した。たとえコロナが終息したとしても、元に戻ってしまっては退化することになる。人類はコロナによるパンデミックを経験したことにより、人それぞれの多様性を認めつつ、アフター・コロナの新しい世界を構築する必要があると考える。