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2020 Vol. 5:『PROGRESSIVE CAPITALISM』 ジョセフ・E・スティグリッツ

スティグリッツ PROGRESSIVE CAPITALISM(プログレッシブ キャピタリズム): 利益はみんなのために

PROGRESSIVE CAPITALISM』 ジョセフ・E・スティグリッツ 山田美明訳 東洋経済新報社, 2020

 

 本書は、2001年にノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツの最新作である。本書は、過去40年の資本主義の現状を分析し、政治と経済を再建し、万人が普通に生活するための政策を提言している。
 著者は、国富を生み出すものとは、1)国民の生産力・創造力・活力、2)科学やテクノロジーの進歩、3)経済・政治・社会組織の発展、としている。これに対して、現代のアメリカを支配しているものは、経済は自由市場に任せておくのがよいというアダム・スミスの「見えざる手」の考え方である。ここで市場が適切に機能するためには、活発な競争が行われていること、完全な情報が入手できること、など無数の条件が満たされていることが必要である。
 アメリカを中心とする現代資本主義では、利益は常に善であるという考え方にとらわれ、利益は富を創造しなくても搾取を通じて増やすことができると考えた。経済が富の創造から搾取に変わると、グローバル化、金融化、独占などにより、市場支配力の増大を生むこととなった。その結果、格差の拡大、経済の生産性低下、投資の縮小につながった。
 国家を豊かにする方法は、次の2つである。
1) 他の国から富を略奪する(富の再分配をしているだけ)、
2) イノベーションや学習を通じて、富を創造する
だが、企業のインセンティブは市場支配力を獲得することとなり、消費者、労働者、政治制度を搾取することを志向することとなった。
 現在のアメリカの苦境は、経済や政治や価値観の選択を間違えたためである。スティグリッツは、この苦境から脱却し、公正な民主主義の実現のために必要な政治改革として、公平性の確保、効果的な抑制と均衡のシステムの維持、金の力の抑制を提案する。
 そして、経済成長や社会的公正を回復するためには、政府の役割が大きくなる。経済成長については、労働力の増加と生産性の向上が必要である。労働力の増加に向けて、労働参加率を高める、あるいは移民の受け入れを促進する政策を取ることにより、労働力を増加することができる。他にも市場支配力の抑制、社会保障、機会の均等と社会的公正を実現する政策を政府が行うことにより、経済的に有益な市場が生み出され、正しい軌道に戻すことが可能となる。
 さらに、誰もがまともな生活を送ることができるように、「公的な選択肢」(公営のサービスと民間のサービスの共存)により、医療保障、退職年金、住宅の所有などを提供することを提案している。
 現代資本主義は、レーガノミクス以降の過去40年にわたって、市場に任せておけば「見えざる手」によりすべてうまく機能するため、政府の介入は不要である、という新自由主義に支配されてきた。だが、この見えざる手が機能するためには、完全自由競争の実現、および情報と知識が共有されていることが前提となる。現実の社会では、少数の企業が市場支配力を持つ寡占市場であり、また、売り手と買い手が保有する情報に差異のある情報の非対称性社会である。このような状況において、社会を健全にするためには、政府の適切な介入が必要である。
 万人がまともな生活をおくることができる市民社会を再生するために、日本においても、現状を正しく分析し具体的な政策を提言することが必要ではないか?

 

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